螺旋に上昇する燃焼
さて、土用期間も最終日。
リンパ液の流れの道は浄化できただろうか??
昨日は、間日で畑の茄子とトマトを片付ける。
色に止まらず、心の老廃物も便乗して流れているだろうと実感。
秋晴れの気持ちの良い空気の中で、何とも思い波動が通り過ぎるのも感じていた。
生きるとは 色心共に、すべてを螺旋のように、体験することだと思う。
自分の体験は、他者からは想像の域を超えることはないし、
他者の体験も、同じく。
お互いに想像しあっているだけに過ぎない場合がほとんどだと思っている。
生きる速度も、燃焼率も、エネルギーも すべてが、
次元が違うくらいに違うのだと思う。
さて、昨日は 「丁未」の日^^
暑い、熱い。。。。w この冬日の晴天には似つかわしくない干支イメージだ。
知り合いの旦那さんが、この丁未の律音を持っていて、
彼は水の氣が全くない。
確かに「熱い」烈火の如くとか。。。 彼のためにある言葉か?と思うこともある。
水の氣を求めて、彼は釣りがものすごく好きなのも頷ける フムフム
今日で、甲戌の月も終わる。
でんとした山に、聳え立つ大木。この干支を日柱に持つ友人もいるが、
おおらかな奥行きを感じる。
総じて、10月は良い月だった。
天候は安定しなかったかもしれないが、その嵐のような台風の中での同窓会や、
遠征試合、も無事に楽しく。
中殺というのは、フレームが無くなるという感覚でとらえ慣れてみると、
それ自体を楽しむ、試行する楽しみがあることを知る。
まぁ、螺旋に生命を燃焼してきた結果に行きつけた場所であるのだろう。
元々持っている傾向性、能力を使いこなす、
ピントの合わせ方を知ること、
やっぱ、モビルスーツの取り扱い方次第な現世だな。